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女子テニス界の歴史を塗り替えてしまった大事件から、早くも20年の月日が流れた。19歳だったM・セレス(アメリカ)がライバルだったS・グラフ(ドイツ)の熱狂的ファンに背後から刃物で刺されたのは1993年4月30日。女子テニスのレジェンドであるM・ナブラチロワ(アメリカ)は、あの事件がなければ女子テニス界の歴史は大きく変わっていただろうと語る。
それまで世界ランク1位だったグラフを抜いて女王の座にいたセレスは、グラフの祖国であるドイツはハンブルグの大会に出場しており、順当な勝ち上がりをみせていた。準々決勝ではM・マレーバ(ブルガリア)と対戦し、6-4, 4-3とリードしたコートチェンジの時、チェアーに座っていたセレスは、背後から暴漢に襲われ2年4ヶ月のツアー離脱を余儀なくされてしまった。
「セレスは、恐らくもっと多くの優勝を飾っていたでしょう。(24度の優勝の)M・コート(オーストラリア)やグラフを抜いて、グランドスラムの最多優勝者になっていたかもしれない。グラフは22度のグランドスラム優勝があるけど、あの時はライバルと呼べる選手がいなかった。あの事件の犯人は、女子テニスの歴史を大きく変えてしまった。それは疑う余地もない。」
18度のグランドスラム優勝を誇るナブラチロワはそう語る。
セレスが世界で活躍するまでは、グラフの独壇場だった女子テニス界。グラフ時代がしばらく続くかと思われていたが、セレスが登場して状況は一変。女王だったグラフの座を奪う活躍を始めていた。
グラフが初めてグランドスラムの舞台に立ったのは、当時は全豪オープンがシーズン終わりの11月に行われていた時代の1983年5月の全仏オープン。当時グラフは、13歳と11ヶ月だった。そして、初めてグランドスラムを制したのは1987年の全仏オープンでグラフが17歳11ヶ月の時だった。
グラフより4歳6ヶ月年下のセレスがグランドスラムに初登場したのは、1989年の全仏オープンで当時15歳と6ヶ月。そして、翌年の全仏オープンでは初優勝を飾った。その後セレスは、19歳5ヶ月だった時に事件に襲われるまで、8度ものグランドスラム優勝を飾っており、グラフが19歳5ヶ月だた時と比べると、3度も多くのグランドスラムの優勝を飾っていた。2年4ヶ月後に復帰したセレスは、1996年の全豪オープンしか優勝を飾る事がなかった。
セレスと親交の厚いメアリー・ジョー・フェルナンデスもナブラチロワのコメントにこう加えていた。
「セレスの記録を見ると、人々は忘れてしまうかもしれない。セレスは、9度のグランドスラム優勝がある。もちろんその事自体、素晴らしい事。でも、あの事件がなければ、少なくともその2倍のタイトルは獲得していたでしょう。当時の彼女は、全く別のレベルにいた。」
今年の12月で40歳を迎えるセレス。生まれは当時のユーゴスラビアだが、ツアー離脱中の1994年3月にアメリカ国籍を取得し、現在もアメリカはフロリダ州で生活を続けている。
セレスは、事件直後に病院へ運ばれ治療を受けた。外傷は時間が経てば回復へ向かったが、心の傷が癒えるにはかなりの時間を要した。復帰したのは1996年の8月。カナダはトロント大会で、1セットも落とさず圧倒的な強さを見せ優勝。
その後、出場した全米オープンでも順当に決勝進出を果たし、決勝戦ではグラフと対戦。その時は世界ランク1位だったグラフと、特別措置で1位の座を守られていたセレスとは、世界ランク1位同士の決勝戦となったが、フルセットでグラフに軍配があがった。
女子テニス界の歴史を大きく変えたこの事件。その後のテニスシーンにも影響を与えている。コートチェンジ時のチェアーに座ると選手は観客に背中を向けているが、今ではボールキッズがコートから選手へ向かって立ち、選手の背後を監視するようなセキュリティ対策が取られている。
犯人は当時38歳だったグエンテール・パルチェで、その場で抑え込まれ逮捕された。彼は1000ドイツマルク(当時約6万5千円)を持ち、セレスが次に出場する大会の地のイタリアへの航空チケットを持っていた。伝えられたところによると、現在彼は寝たきり状態でドイツはチューリンゲンの福祉施設にいるという。
その後パルチェは、精神疾患との診断も下され、2年間の執行猶予の判決が下されたにすぎず、セレスはその後1度もドイツを訪れる事はなかった。
セレスは、自身の自叙伝で「何千人もの観客の前でコートの上で刺されたのです。あの事件から、自分自身を遠ざける事は不可能です。あの事件で、私のテニス人生は一変してしまいました。そして、完全に心に傷を負ってしまったのです。あの一瞬で、私は全く別の人間になってしまったのです。」と、綴っている。
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